2017年04月

母の若いころの話など
聞いたこともなかったし、聞きたくもなかった
祖母の話もタブーだったし
写真すらなかった

「私、お母さんの若いころ初めて見た
お父さんは中学の卒業写真を大事にしていたから
その頃は知ってるんだけど」

「おばあちゃん、綺麗ですね
ママに似てる!
僕はどっちにも似てないかな
パパに似てるらしいけど、パパの写真こそ
どこにもないんだ
でも、この写真を見ていると
僕のルーツってなんだか素敵な気がします」

ミキはみぃが果たして父の子供だろうかと
ずっと、長いこと不安に思っていたのだが
その気持ちを久しぶりに思い出した
みぃが妹であることは父が違っていたとしても
間違いないのだから
だから、ショウのそんな錯覚はちょっと、困る気もした

「僕はね、ずっと思っていたんだけど」

沢村がおもむろにゆっくりと話し始めた

沢村が手に取り
うらやましそうに、その写真を眺める

「うちの両親の写真は一枚もないんだ
父さんが絶対に写真なんか取らせなかったのもあるけど
あの頃の愛人の仁義みたいなものを母は守っていて
二人が付き合っている気配を残したのは
僕だけなんだよ
まぁ、それはそれで、僕は自分が誇らしいけどね」

そう言ってミキに手渡す
ショウは沢村の母親が愛人だったと聞いても
何のリアクションもしないで
ニコニコと聞いている

若い父
ミキが知っている父はただただ、仕事をしていて
そのお金は母と祖父に消えていくのに
何も言わず、母に相手にしてもらえさえすれば
それが一番だと思っているような
情けない人だったのに
写真の中ではさわやかに笑って
一番好きな人と結婚できた喜びに満ち溢れている

そういえば、母はなぜ、父と結婚したのだろう
母の恋愛遍歴の中には遊ぶためだけの男だけじゃなかったはずだ
同じ町内のえらいさんの息子や
結構な金持ちもいたはずで、そんな男に求婚されたと
爺さんから聞いたことがある
男と逃げるくせして、離婚しようとは一度も言わなかった母

若い母はミニスカートの足が美しく
ほとんどすっぴんなのにキラキラして父の横にいた

「ママは小さい時におばあちゃんに連れられて
家を出たから、あまり覚えていないんだけど
写真はおばあちゃんが大事に持っていたって
おばあちゃんは随分、男好きな人で
それに付き合わされた家族は大変だったけど
ママはおばあちゃんとの生活、楽しかったって」

ミキが否定し続けてきた家族のことを
この少年がさらっと嬉しそうに話すのを聞きながら
居間に戻って、その写真を見せてもらった

そこにはミキの知らない父と母がいた
父は若く、確かに康太によく似ている
でも、ものすごく幸せそうに笑い
その父の横で美しく幸せそうに笑う若い母
だから自分が生まれて、来たんだ
そうミキに突き付けられているような
そんな写真だった

「素敵でしょう?
その後ろの古いトラック、
おじいちゃんのおしゃれなポロシャツと
おばあちゃんのミニスカート
僕はこの写真が大好きなんだよ」

「この家は僕の母が住み始めた家でね
父、あ、認知だけしてもらった父だけど
その父の趣味がすべて詰まった家なんだ
母は父が好きでたまらない人だったから
父が死んでからもすべて、もとのまま
庭のアジサイ、雪柳、梅、すべてそのまま
昭和のままなんだよ」

その庭を歩きながら楽しそうにスマホで写真を撮っている

「速水がうらやましいな
僕のおじいさんもおばあさんも
そんな趣味なんか少しもない
日本で一番低下層の人間だって
ママに教えてもらいました
でも、僕はアメリカのスラムとかよりも
日本のそんな場所の風情のほうが好きなんです」

二人の後をゆっくりと歩きながら
正二そっくりのショウから目が離せなかった
ミキは驚いて彼の話を聞いた

「あ、そういえば、おじいさんとおばあさんの写真持っています
トラックの運転手だったおじいさんは
康太おじさんによく似ていますね」

「え?」

そんな写真、ミキですら持っていない


そんな休日にショウはやってきた
正二にそっくりだった

「こんにちは
初めまして、僕、ショウです」

あの、屈折して、卑猥な世界だけしか知らずに育った
正二の顔をして、ショウはさわやかにやってきた

部屋に通すと物珍しそうに見回りながら

「素敵な家ですね
昭和のにおいがしっかりする
僕、外国暮らしが長いし
ママのところはフランスにかぶれていて
めちゃ、ヨーロッパ風な部屋で
日本に帰って来ても、まったく日本らしくないんです」

沢村は嬉しそうに

「僕はみぃさんのところに入ったことがないけど
莫大なお金がかかっているんだろう?
そこより素敵だと言ってくれるのならば
君は日本的な優しいセンスがあるんだね」

ショウは目を輝かせながら

「日本の映画、たくさん見ました
オズヤスジロウ、それから、トウキョウタワー
昭和が好きなんです
庭とか見て回ってもいいですか?
速水に聞きました、生まれた家はすごく昭和だって」

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