2017年09月

「そうね、自分だけじゃないよね
でも、事実とか正直なことしか
人の心を打ったりしないと思うから
子育ては嘘では固められないわ」

そう言うと殿村はしばらく黙った

「そう言えば速水ちゃん
ハーバードか何かに入ったの?
やっぱり、パパと同じ道?
研究者?」

ミキは笑いながら

「ネットのアイドル『バッファハーミン』って知ってる?」

すると、殿村の顔は真っ青になった

「誰に聞いたの?
今までの話は、私を笑うため?」

急に頑なな態度になった

「だって、あなた
自分の育ちを知られたくないから
人の心に入り込まないんですもの」

ミキはそう言いながら
それは自分のことでもあると思った
ミキは自分を相手にわからせないために
本当の自分の上に
もう1人全く別人種のベールを作っている
それは生まれた時から
細かく設定された嘘の自分だ
そこを話すから誰もがミキを
信用するのだ

「そんな怖いことできないわ
私だけじゃなく夫や子供の面子もあるから
結局、嘘で固めていかなければ
どうしようもないのよ」

ミキにはそれは嫌ほどわかる
でも、人がどう見るなんて
本当にどうでもいいことなのだ

「だからね、幸せに見えるように
芝居をしていたのよ」

ミキのその言葉に殿村は

「そうなのね、知らなかった
みんな、生まれた時から幸せだと
思ってたわ」

ミキは笑いながら

「ふふふ、ちょっと、
ネタバラシしてあげましょうか?
あの頃、ボスママだった相田さん
自分は私立の小学校の出身って顔してたけど
実は高校入り、実家は大金持ちを装ってたけど
田舎の行動沿いのうどん屋
その、腰巾着の平戸さんは
普通の家庭出身だけど
お兄ちゃんが家庭内暴力で大変だったのよ
弁護士の佐藤さんは
旦那さんが今で言うパワハラで
息子がナイフをいつも持っていて
コンビニで万引きして捕まっていたわ」

殿村は芯から驚いた

「そうなんだ
上品で綺麗で
大学教授の夫がいて
この家も趣味が良くて
すごく生まれのいい人かと思っていたわ」

「そうね、そういう人が羨ましいって
ずっと思って来た
生まれが良くなくても
せめて普通の家に生まれたかった
高校受験くらいは
心配する母親がいたらよかった
それは思う」

「あ、うちも。
本当に綺麗な母親だったけど
男好きでね
子供になんか興味なかったの
父親がバカだったのね
浮気相手を追いかけて
刺しちゃうなんて」

「うちは母親の男好きは、もう、
慣れちゃってて、トラックの運転手をしていて
あまり帰ってこなかったけど
あの、男好きの母親が
離婚って言いださなかったから
母は父を本気で好きだったのかもだわ」

そのミキの話に殿村は驚きながら

「私の今までの人生は
その、東京の親戚の家の
マネで始まってるの
お箸の上げ下げ
ご飯には一汁一菜他ひと菜が基本だとか
うちなんか、貧乏な田舎の家だったから
普段はふりかけどころか
味噌をご飯に塗り込んで食べてたからね」

「わかる~
うちもほとんど、カップヌードル
カップヌードルならまだいい方で
袋のラーメンの一番安いやつが
月のうちの29日は続いて
白いご飯なんか贅沢だったんだよ」

「お風呂で石鹸を使うのも知らなかった
お風呂用のタオルが一枚あって
それを使い回して体を擦ってたの」

「ふふふ、そこはうちの勝ちね
銭湯で近くの人の石鹸をちょろまかせって
教えられたわ」

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