2021年02月

私は空也のもなかをありがたくいただきながら
ニヤニヤ笑い

「長岡さん、今の仕事じゃなくて
毎日、工場でネジを見るだけの仕事
だったとして
お給料は今の10倍、いや、100倍
9時から17時までの拘束
家に帰ったら家族が待っていて
楽しい我が家!
誰もがそんな生活を
したがってるって思ってる?
あなたもネジの仕事でいい?」

長岡は私が何を言い出したのか
めんくらったようだったが

「俺には家族はいない
ネジには興味もないから
金もらってもやらないかな」

私はもう一つもなかを口にして

「甘くて美味しい!
でも、毎日食べなくてもいい
ネジが好きで仕方がない人なら
それもいいと思うけれど
私もネジは興味ない
そういうことよ」

長岡は自分ももなかを食べて

「そういうことか!
でも、園村工学だぜ」

「まぁ、そういうこともあって
人一倍、上昇志向が強くて
自分の目的を達成するためには
なんでもするって感じだな」

「前に秘書をしていた神大寺って人が
息子だって知ってた?」

「もちろん、あんなに仕事ができないのに
なぜ、秘書の仕事をさせているのか?
誰でも事務所だ彼の様子を見れば
すぐにわかるよ
村中も鬱陶しそうだった
どっか、それこそホステスか何かに
生ませた子供で
ずいぶん長いこと放っておいたのだけど
大臣になったり知名度が上がってから
母親が脅して、
秘書にしてもらったみたいなもんだな
ああ、そういえば充が
東京で社長になってるって
噂は聞いたかい?
母親が死んでその充のところに
転がり込んでいるらしいけどね」

私はその充に頼まれて探偵をやってるって
言いたかったが
また、色々ややこしくなるので

「そう、やっぱりひどい人なのね」

すると和さんが声を低めて

「ここだけの話
邪魔者は消せっていうのを地で行くって噂
俺らもいい加減、講演会に絞り取られるのは
嫌だけど
どうやらヤクザを使ってるらしいからね」

「評判通りの太っ腹
怖いもの無しって感じだな
俺なんか一人暮らしの女の部屋に
入れてもいいのか?」

そう言ってズカズカ入ってくる

「あんたのことは調べたよ!
結構な本を書いてるじゃない
何冊か読んだよ
悪くない!
それに、その袋なんなの?
ちょうど、コンビニにUFOとおにぎりでも
買いに行こうと思ってたところ
お腹空いてるの!」

長岡は汚い部屋のこたつに座ると
袋から有名な最中
夏目漱石の小説に出てくるという
あれを出した
私は大喜びで濃いお茶を入れた

「この間の感じから、
もう少し突っ込んで調べてみた
旦那って秘書室の正兼って男と
できてるんだって!
そういうのってどんな気持ち?
今度は純粋に興味からなんだけど
離婚してあげたってこと?」

「俺なんか田舎の爺さんに
成り下がっちゃったから
東京と関わりがあって
あいつが大臣なんかになれば
知り合いって言いたい
そんな田舎根性をよく知っていてね
嫌なやつだが
暇なじじぃのほんの少しの年金を
掠め取って太ってる
嫌な野郎だよ」

わからなくはない
大臣になれば田舎者ならそれだけで
物凄いことだと思うし
その人が知り合いだと言えば
田舎の人はそれだけでも感心する
和ちゃんも悪口言いながらも
そういう楽しみはあるのだろう

「こうやって後援会仲間が東京に集まると
一緒に酒を飲んだりして
村中の話に花が咲くんだ
大概、悪口なんだけどな
あいつはどうやら花街の生まれらしい
ほら、東京の吉原ってところ」

その後、まとわりつくこともなく
『さかえ』に来ることもなかったから
安心して過ごしていた
シュウも萌ちゃんが
だいぶ大きくなったせいか
あまり来なくなった
私は少し寂しい気がしたが
萌ちゃんのために立派な父親になろうと
シュウが考えているのならば
それはそれで立派なことだから
寂しいくらいは仕方がない
ほんとうに、このままフェードアウトするのが
理想的だ

居酒屋のバイトは休み
外は雨
私は好きな本と動画三昧
食べ物がない
ビールと焼きそばでも買ってこようか
そう思って立ち上がったときに
コンコンとドアが叩かれる
チャイムは壊れていたのを忘れていた

長岡だった
ウィキペェディアで検索して
なかなか立派な人だったのは
わかっているし
何か手土産っぽいのを抱えている
私はなんだか知らないが中に入れた

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